小児科医の私は、子どもの“こころのトラブル”の相談を時々受けます。

・乳幼児期の夜泣き
・幼児期のかんしゃく
・幼児・学童期の反復性腹痛(過敏性腸症候群)
等々。さらに近年は、年長児・思春期の
・眠らない・眠れない
・だるくてつらい・朝起きられない、学校へ行けない
などの相談も増えてきました。

どれも検査で異常が検出できない訴えです。
西洋医学では「ストレスを減らして様子を見ましょう」としか言えませんが、
漢方では対応する薬が用意されています。
なんと1800年前からあるのですよ(!)。
昔の人も同じようなことで悩んできたのですね。

それらを紹介したいと思います。
まず、子どもの成長とともに心の問題(小児心身症)の症状も変遷していきます。

(乳児期)夜泣き、憤怒けいれん(泣き入りひきつけ)
(幼児期)眠らない、夜驚症、反復性腹痛、かんしゃく
(学童期)眠らない、反復性腹痛・頭痛、チック、起立性調節障害
(思春期)眠れない、反復性腹痛・頭痛、摂食障害、起立性調節障害、過換気症候群・パニック

これらの症状は西洋医学の視点では以下の5つに分けられることに気づきます。
そして対応する代表的な漢方薬を列記しますと、
 
1.睡眠障害夜なき・眠らない・眠れない
 → 甘麦大棗湯(72)、抑肝散(54)
2.反復性腹痛(過敏性腸症候群)よくお腹を痛がる
 → 小建中湯(99)、桂枝加芍薬湯(60)、四逆散(35)
3.反復性頭痛(天気痛・片頭痛)よく頭を痛がる
 → 五苓散(17)、柴胡桂枝湯(10)
4.起立性調節障害だるい、朝起きられない、学校へ行けない
 → 補中益気湯(41)、苓桂朮甘湯(39)、柴胡桂枝湯(10)
5.過換気症候群・パニック・不安
 → 苓桂甘棗湯:苓桂朮甘湯(39)+甘麦大棗湯(72)
6.その他:かんしゃくチック 

となります。これらを中心に説明します。

 1.睡眠障害

(乳児期)夜泣き
・泣き虫、シクシク泣く、不安 → 甘麦大棗湯(72)
・怒りんぼ、ギャーギャー泣く、かんしゃくもち → 抑肝散(54)
★ 泣き入りひきつけ(憤怒けいれん) → 甘麦大棗湯(72) 
 
(幼児期・学童期)眠らない・眠れない
~子どもの4₋5人に1人に睡眠問題がある。
 夜10時以降に就寝する子どもの割合は1~3歳の半分以上。
・不安・泣き虫・あくび → 甘麦大棗湯(72)
・神経質・イライラ・多動 → 抑肝散(54)
・反復性腹痛・虚弱 → 小建中湯(99)
・鼻閉・口を開けて寝ている → 葛根湯加川芎辛夷(2)

(思春期)眠れない
・不安 → 甘麦大棗湯(72)
・イライラ・興奮 → 抑肝散(54)
・動悸・ストレス・恐怖 → 柴胡加竜骨牡蛎湯(12)
・うつうつ、不安だらけ → 加味帰脾湯(137)
・心身ともに疲れて眠れない → 酸棗仁湯(103)

 2.反復性腹痛(過敏性腸症候群)
基本編:小建中湯(99)
・虚弱体質で登園・登校前にお腹が痛くなる、
 イベントの前になるとおなかが痛くなるタイプに有効
・マンガ「ちびまる子ちゃん」のキャラクターの中では「山根君
応用編:
・桂枝加芍薬湯(60):(小学校高学年以降の)過敏性腸症候群
・柴胡桂枝湯(10):小中学生でストレスまみれ、他に頭痛やだるさも訴える
・四逆散(35):中高生でストレスが強く常に緊張、緊張で手が震える、手掌発汗
・芍薬甘草湯(68):頓服で使用

★ 番外編:のど・胸のつかえ感・違和感 → 半夏厚朴湯(16)

3.反復性頭痛(天気痛・緊張性頭痛・片頭痛)
・気圧変化(低気圧・悪天候)による → 五苓散(17)、苓桂朮甘湯(39)、半夏白朮天麻湯(37)
・筋緊張性頭痛 → 柴胡桂枝湯(10)
・スマホ・パソコンのやりすぎ → 治打撲一方(89)(※)(+川芎茶調散(124))
・神経質・イライラ・多動 → 抑肝散(54)
・嘔吐・冷房痛・胃腸虚弱 → 呉茱萸湯(31)
・虚弱体質(+腹直筋緊張)→ 小建中湯(99)
・月経関連頭痛 → 当帰芍薬散(23)、加味逍遥散(24)、桂枝茯苓丸(25)

※ 治打撲一方(89)の応用(井上博喜Dr)
 便秘なし → 桂枝茯苓丸へ変更
 瘀血 → 桂枝茯苓丸を追加
 臍痛点 → 葛根湯(あるいは葛根加伶朮附湯)追加
 天候で悪化 → 五苓散を追加
 慢性化 → 加附子 
 ストレス → 柴胡剤追加

4.起立性調節障害

●「朝起きられない」ときに考えるべき病気:
① 体を起こせない(起立性調節障害)
② 目が覚めない(睡眠覚醒リズム障害) → 睡眠の専門医へ
③ そもそも起きたくない(心理社会的要因) → カウンセリングへ
→ 以上を考慮し、①と判断したら漢方薬の出番

● 起立性調節障害の諸症状に合う漢方薬
・朝起きられない、だるい・しんどい  → 補中益気湯(41)
・朝起きられない、めまい・たちくらみ、車酔い → 苓桂朮甘湯(39)(※)
        +胃腸虚弱・頭痛・めまい  → 半夏白朮天麻湯
・おなかが痛い、虚弱        → 小建中湯(99)
・おなかが痛い・頭が痛い・ストレス → 柴胡桂枝湯(10)
・心身症(ストレスが主因)→ 抑肝散(54)、抑肝散加陳皮半夏(83)、柴胡加竜骨牡蛎湯(12)
・生理中に悪化傾向  → 当帰芍薬散(23)、加味逍遥散(24)、桂枝茯苓丸(25)
※ 苓桂朮甘湯の効果が今一つの場合は、+四物湯(71)(連珠飲の方意)
 連珠飲はめまいのみでなく、婦人病全般に有用です(浅田宗伯)。

● 倦怠感+α に効く漢方薬
・倦怠感(とにかくだるい) → 補中益気湯(41)
・倦怠感 + 貧血・皮膚乾燥  → 十全大補湯(48)
・倦怠感 + めまい・頭痛   → 半夏白朮天麻湯(37)
・倦怠感 + 不安・落ち込み  → 加味帰脾湯(137)
・倦怠感 + 胃もたれ・冷え  → 六君子湯(43)

★ フクロウ型体質(山本巌・惠紙英昭先生)
・自覚症状
 ✓ 午前中調子が悪い、15時ごろから元気になる
 ✓ 夜は早く眠ろうと思っても眠れない
 ✓ 朝食は欲しくない
 ✓ めまい、たちくらみがある
 ✓ 頭痛、肩こり、心悸亢進
・体質
 ✓ やせ型が多い
 ✓ 冷え症で手足が冷たい
 ✓ 暖かいところにいると気分が悪くなる
 ✓ 長湯はできない
・他覚的所見
 ✓ 顔色が青い、結膜や更新の色は紅い
 ✓ 舌は湿潤、脈は沈、腹壁は比較的薄く、心窩部浸水音あり

 → これらの症状に苓桂朮甘湯(39)が有効、
 倦怠感が強いときは苓桂朮甘湯(39)+補中益気湯(41)が有効

5.不安・パニック・過換気症候群

● 4の起立性調節障害の一部が不登校につながります。
不登校になる前の体の不調
・頭痛・腹痛
・疲れやすい
・眠れない
・朝起きられない
 → 以上がやがて、不安・抑うつ・不登校につながる。

● 近年の不登校の原因の第一位は「漠然とした不安」です。
不登校の要因ベスト5(令和4年、文科省)
① 無気力・不安(52%)
② 家庭の問題(13%)
③ 生活リズムの乱れ(11%)
④ 学校の問題(11%)
⑤ 友人関係(9%)

● 不安感に対する漢方薬
・悲しみ・パニック・感情失禁  → 甘麦大棗湯(72)
  単剤で効果不十分なら   → 苓桂甘棗湯:甘麦大棗湯(72)+苓桂朮甘湯(39)
  慢性期には        → 苓桂朮甘湯(39)+桂枝加竜骨牡蛎湯(26)
・喉のつまり          → 半夏厚朴湯(16)
・不安で心配でたまらない、体力なし、無気力 → 加味帰脾湯(137)
・ストレス、動悸、体力あり → 柴胡加竜骨牡蛎湯(12)

★「粉薬は飲めない!
〜という年長児には錠剤も:
・ストレスが強い・動悸・イライラ
 → 柴胡加竜骨牡蛎湯(12)(抑肝散、甘麦大棗湯の代わりに)
・過敏性腸症候群
 → 桂枝加芍薬湯(60)(小建中湯の代わりに)
・頭痛・腹痛・緊張が強い
 → 柴胡桂枝湯(10)
・だるい・疲れた
 → 補中益気湯(41)
・喉のつまり
 → 半夏厚朴湯(16)

6.その他:かんしゃくチック

かんしゃくこちらを参照)

チック(tic)
● 定義:
・チック:突発的・急速・反復性・非律動性の運動または発声
・チック症:チックを繰り返すことにより日常生活に支障をきたす状態
● 症状による分類:
・単純運動チック:まばたきなど目や顔に出る
・複雑運動チック:手でたたく、ジャンプ、触る、手のにおいを嗅ぐなど
・単純音声チック:声を出す、鼻をすする、鼻喉を鳴らす、咳払い、叫ぶなど
・複雑音声チック:他人の言葉をまねる(反響言語)、自分の言葉を繰り返す(反復言語)、社会的に不適切な罵倒する言葉や卑猥な言葉を発する(汚言症)など
● 経過による分類:
・暫定チック症:1年以内
・持続性(慢性)チック症:1年以上
・トゥレット症(Tourette syndrome):1年以上運動チックと音声チックが併存(※)
● 症状増悪の誘因:
・不安や緊張が増大、または消失したとき
・楽しくて気分が高揚し興奮したとき
・急にリラックスしたとき
・情動が大きく変化したとき
・疲労時、月経前
● 症状減少の誘因:
・一定の緊張度で安定しているとき
・集中して作業しているとき
・睡眠中
・発熱時
● 現況:
チックは子どもの10人に1〜2人が経験し、
従来、西洋医学ではチックは「様子を見ましょう」という病名でしたが、
近年、病態解明が進み、早期から積極的に介入すべき病態と捉え、
ようやく非薬物療法・心理療法(※)が導入されつつあります。
※ 行動療法(ハビットリバーサル)、チックのための包括的行動的介入(CBIT)、曝露反応妨害法など
まあ、漢方医学では昔々の500年前から対応する薬が用意されてきましたが。
● チックに用いられる漢方薬
・甘麦大棗湯(72):初発に対する第一選択薬、1ヶ月くらい試してみる
 → 効果不十分例には、
 ✓ 手掌発汗などの交感神経緊張所見あり
 → 小建中湯(99)、柴胡桂枝湯(10)、四逆散(35)を追加
 ✓ 不安や動悸 → 桂枝加竜骨牡蛎湯(26)、柴胡加竜骨牡蛎湯(12) を追加
  → 2剤併用でも効果不十分の場合は、 
・抑肝散(54)/抑肝散加陳皮半夏(83)に切り替える
 ✓ 鎮静効果が強く即効性がある
 ✓ 易怒性を伴い精神緊張や情緒不安を認める運動チックやトゥレット症、
  ADHDやOCD(強迫症)などの併存例への第一選択薬
 
・甘麦大棗湯・抑肝散併用でも無効の場合は、西洋薬(タンドスピロン、アリピプラゾール、グアンファシンなど)を考慮(小児精神科専門医の診療) 

トゥレット症(Tourette syndrome)
● 頻度:小児の3〜8人/1000人
● 典型的な経過:
・6歳頃に単純運動チックで発症
・1〜2年後に音声チックが加わる
・成長と共に複雑チックが増える
・10〜12歳で症状悪化のピーク
・青年期に軽減していく
・成人後も2割に残る
● 病態:
・発症年齢の4〜9歳頃の神経発達は、
 セロトニン神経・オキシトシン神経未熟
 → ドパミン神経・ノルアドレナリン神経が暴走
 → 小児疳症、夜驚症、感覚過敏などになりやすい
● 治療:
・抗ドパミン作用薬(リスペリドン、アリピプラゾール)が有効
 ✓ 中枢神経刺激薬(メチルフェニデートなど)で悪化
・漢方薬:有効44%、やや有効48%(岩間ら)
 
 
<参考>
方剤解説(この項目で紹介した漢方薬)