拒食症患者の心理は十人十色、ケースバイケース。
症状がまだ渦中のときは、自分の苦しさに名前をつけることがなかなかできませんが、克服した元患者さんがあの頃を振り返ったときのコメントの数々を紹介します。
<参考>
・摂食障害かなと思ったら(1) 摂食障害のある人に医療ができること記事公開日
・摂食障害かなと思ったら(2) 摂食障害のある人に家族ができること
・摂食障害かなと思ったら(3) 家族会ってどんなところ?
・摂食障害かなと思ったら(4) 経験者に聞く回復までの道のり
・これだけは知ってほしい!“摂食障害”のこと(前編)
・これだけは知ってほしい!“摂食障害”のこと(後編)
・摂食障害の困りごと・お悩み 支援者からのアドバイス(1)
・摂食障害の困りごと・お悩み 支援者からのアドバイス(2)
・摂食障害の困りごと・お悩み 支援者からのアドバイス(3)
…上記サイトを一通り読んでみて感じたのは、
「摂食障害は疲れたこころのSOS」
ということ。
真面目で頑張り屋で、
でもそんな自分を認めてもらえない環境…
「もう無理、もう限界!」
というところまで追い詰められると、
自ら壊れることを選択せざるを得なくなる、
その結果なのでしょう。
回復には時間がかかりますが、
人に助けを求め、
「自分を許す」
落としどころを見つけられると、
よい方向に向くと思いました。
日本には“まじめ病”に取り憑かれた人がたくさん居ます。
おそらく、日本社会の病理なのでしょう。
相田みつを氏が書いています。
「そのままでいいがな」
この言葉を、悩める人々に送りたいと思います。
▢ 病識なし派
・自分を病気だと思っていなかった。自分が調子悪いとか、疲れさえも感じなかった。
・自分を“ダイエットを頑張っている美意識の高いJK”だと思っていた。
・「やせたい」だけが理由ではなかった。
・やせているというのは自分をコントロールできている証拠だから、
満足感や達成感、優越感が得られた。
・やせると周りの人が親切になってくれたり、心配してくれたりした。
・体調を崩すことで母親を独り占めできることに高揚感を得た。
▢ 病識あり派
・好きでやっているわけじゃない、苦しかった。
・やめたいのにやめられない。
・「頑張らなくちゃ」でずっとやって来たけど、
「いい子を演じるのはもう無理!」というタイミングで症状が出た。
・体重がちょっとでも増えることがどうしようもなく恐くなって、
このままじゃ身体が危ないと頭でわかっていても、
そこから抜け出すことができなかった。
・太るとまた頑張りなさいと言われたり、また見捨てられそうで怖かった。
・本当はもっと頑張らなくちゃ行けないけど、
やせているせいでできない、と自分に対して言い訳ができた。
・人に気を遣いすぎて精神的に疲れてしまったときにスイッチが入り、
過食&嘔吐でストレスのはけ口にした。
・親からの教育虐待を受け、親の愛情に飢えていた。
目に見える形で痩せ細れば私の苦しみが伝わるんじゃないか、
とはじまったが、途中から自分でコントロールできなくなった。
・拒食では友達と一緒に食事をできず寂しかったが、
過食嘔吐になると人と外食ができるようになりやめられなかった。
・仕事以外は過食嘔吐が中心で、
仕事の疲れを過食嘔吐で癒しているという感覚だけど、ヘロヘロだった。
・拒食で強制入院した。家では◯点とったら~させてあげる、
病院では◯キロになったら~させてあげる…同じ地獄だった。
どこにも私の居場所はない、と思った。
長年渡り歩いてきた精神医療機関に答えはなかった。
・みんなに申し訳ないから「治りたいです」って言っているだけで、
実際に治るのは怖いし、この症状がなくなったら私どうなっちゃうんだろう、
ホントは「治したくない」「治りたくない」。
▢ ジェンダー、LGBTQ問題
・女性として生まれたが、思春期に女性らしい体型になっていくことが受け入れられず拒食症になり、
やせて女性らしい体つきでなくなったことがとてもうれしくて、
元に戻るのが怖くなった。
治ると自分の心がつらくなるので、なかなか治せなかった。
・自分の体や性に違和感や嫌悪感を持つ人が、
やせることで自分の性別を消したいという場合がある。
▢ 摂食障害とは何なのか? 摂食障害が治るとはどういうことなのか?
・症状はその人にとって、自分を守るために必要があって出ているもの。
・症状よりも「このままの自分じゃ生きる価値がない」という自己否定感のほうがよっぽど病的で根本的な問題。
・「自分に自信がない」ことが摂食障害になりやすいポイントだと思う、「そのままの君で十分素敵だよ」と言って欲しかった。
・上下関係の上と思う人、たとえば親とか先生と言われる人たちに対して、
「見捨てられ不安」が強くて怒られそうで本音が言えなかったり、
逆に先生が自分のために一生懸命だからこそ、
それに従えない自分を責める悪循環にはまっていたりしていることもあったと思う。
・治るというのはその人にとって、
自分が自分と仲良く付き合って、折り合っていけること、
「ふつうの食生活を受け入れられない自分」さえも受け入れることではないか。
・症状がまったくなくなることが「治る」ことだと考える人がいてもいいし、
それとは逆に「こんなつらいことがあったらたまには過食でもしてやっか!」
みたいな感じで過食と仲良くつきあえるようになることも一つの治り方。
・摂食障害の根っこに「女性が力を奪われてきた歴史」「父権主義社会」などの、
ジェンダーやセクシャリティの問題があるのではないか。
・「女だったら」「妻だったら」「母だったら」こうあるべき、
という目に見えないプレッシャーが摂食障害につながっている。
・摂食障害は個人で生み出しているのではなく、社会の問題でもある。
・「ここに居ていいんだ」と安心感をもてる場が必要、
でも「安心な場や関係はどこかにあるんじゃなくて、自分で作っていくもの」
という意識も必要。
・摂食障害を治すということは、ときどき自分とケンカしながら、自分と折り合いをつけていくこと。
・自己嫌悪から1人で抜け出すのは無理だから、人に助けを求めてほしい。
自助グループにつながると、
「未来に希望は持てないけど、私たちは、絶望は分かち合えるよね。
それが希望だよね」と寄り添ってくれる。
絶望も分かち合っているうちにお互いの共感になったりとか、
そのうち笑いになったりとか、希望になることがある。
・患者はみんな、周囲や世間を気にして、
「こう言ったら許される」「こう言ったら見捨てられないだろう」
と言葉を選んでいるから「治りたいです」って言っているけど、
それは本心ではないかもしれない。
・「何を食べたらいいかわからない」「太るのが怖い」「食べることが怖い」
というのは、
「どう生きていったらいいのかわからない」「生きていくことが怖い」
という不安の表れかもしれない。
・摂食障害の症状がなくなっても、すごくつらい生き方をしている人がいる。
自分のなかの漠然とした「普通」があって、でもその「普通」がものすごく理想が高い。
治ったら、そこに向かってまた頑張らなくてはと思い込んでいるから・・・
症状を持ちながらでも、好きなことができることを落としどころにしてもいいのではないか。
・摂食障害は、他人や世間が期待する役割に自分をおしこめようとして、
自然な自分の感情や欲求を否定している病気。
・拒食も過食も嘔吐も持っている今のそのままの自分をまずは受け入れよう。
・自分を否定され、否定してきたことが症状につながっているので、
症状をなくすよりも先に、自分と仲直りすることが大事。
・治るためには「人」(自助グループの仲間、お医者さん、カウンセラー、家族、友だち、恋人とか)と「時間」を味方にすることが大事。
・家族関係がつらい場合、「距離」は大事。
自分を守るためには離れるということも大事。
・摂食障害は単に食べ物や体型の問題ではなく、
人間関係の中でのさみしさや、
社会にすりこまれて自分自身も疑ってこなかった、
狭くてかたくなな価値観の問題だった。
・勇気を出して、人と関わり合って欲しい。人間関係で悩むことで、
「食べ物」や「お母さん」しか登場しなかった自分の物語が豊かになっていく。